COLUMNコラム
2021
September
01
イギリス

ロンドン大火とその後の復興  The MONUMENT-Great Fire of London 1666

サンダース・ペリー誕生の地、イギリスにまつわる「もの」「こと」を
現在イギリスで暮らすスタッフがご紹介します。

<ロンドン大火とその後の復興  The MONUMENT-Great Fire of London 1666>

ロンドン地下鉄の駅にモニュメント(Monument)という駅名があります。
以前から“モニュメント”という名前が付いているからには何か特別な記念碑などがあるのだろうと思っていたのですが、
調べてみるとこの土地は1666年に起こった「ロンドン大火」の記念碑が建てられており、
大火によってその後のロンドンの街や経済が変わっていったことがわかりました。

ロンドン大火とは、1666年9月2日、当時のロンドン中心地・シティにあるプディング通りのパン屋のかまどから出火し、
4日間にわたって燃え続けた火事のことです。
猛暑による空気乾燥や東から西に向かって吹きつける強風、街路が狭かったことも原因して、
街の大半を占める木造建物はあっという間に延焼。
ロンドン塔は残ったものの、セントポール大聖堂や109堂もあった教会堂のうち87堂を焼失するなど、
ロンドンの街の約85%を焼き尽くすほどの大火事でした。

 

※ロンドン大火の様子

 

大火後は直ちに、街の復興計画が立てられ壮大な都市計画も構想されましたが、所有権や補償の問題、
莫大な費用と長期の時間を要することから実行が難しく、人々の事業早期再開をできる生活を優先した結果、
原状復帰を基にした再建法となりました。

これまでの家屋のほとんどが木造であったのに対し、新しい建築規制では、建物の外壁はレンガや石造りにすること、
主要な通りは道幅を広くすることなどが盛り込まれ、防災を考えた内容になりました。

また、ロンドン大火後に世界で初めて火災保険会社が設立され、
ロンドン市内では保険会社と契約した家屋が一目で分かるようになりました。
(契約した家屋にはプレートが掲げら今でも古い場所には残っているそうです。)

※保険会社との契約が分かるプレート

 

前述した“モニュメント”ですが、こちらの記念碑はモニュメント駅からすぐ近くにあます。
ロンドン大火とその後の復興を記念した石柱の記念塔(The Monument)で高さは62m。
塔を東方向に水平に倒すと出火元のパン屋があった場所にあたるそうです。
建築家のクリストファー・レンとロバート・フックにより設計され、1677年に完成しました。

建築家のクリストファー・レンは焼失したセントポール大聖堂も現在の姿に再建しました。
チャールズ皇太子と故ダイアナ元妃が結婚式を挙げた場所としても知られているセントポール大聖堂は、
ロンドン市内の中でもとても象徴的な建造物です。
この聖堂の景観を損ねないよう建物の高さ等が制限された建築基準もあります。

  

※モニュメントの記念塔      ※セントポール大聖堂

今回、気になっていた駅名の由来を知ることでロンドンの街の歴史に深く触れることができました。