COLUMNコラム
2018
April
20
サンダース・ペリーの歴史

一人の少年の「やさしさ」から生まれた化粧品

イギリス生まれの手づくり化粧品

サンダース・ペリー化粧品はイギリス生まれ。
1974年に国内へ伝わって以降、現在では日本の自然化粧品のパイオニアとして肌悩みを抱える多くの方を笑顔へと導いています。

化粧品では珍しい寒天や、ハーブなど、様々な天然原料を使い、可能な限り自然のチカラを利用したシンプル処方。
美と健康を保つことを理念にやさしさへこだわり続けています。
今回はそんなサンダース・ペリーの誕生秘話をご紹介します。

サンダース・ペリーの誕生秘話

1947年 西ロンドン郊外。
13歳だった創始者ロナルド・ジョン・ハリントンが作った最初の化粧品は自宅のキッチン、
道具はソースパン、原料となったのは庭のハーブ、キッチンの野菜や果物、そして寒天。
肌の弱かった姉パメラ・サンダースの誕生日プレゼントにと、想いを込めて一つのクリームを完成させました。
サンダース・ペリー化粧品の原点は、ここから始まりました。

ロナルドは幼い頃から天然の植物エキスやハーブ療法などに興味を示し、キッチンにある道具や材料を混ぜ合わせたクリームやローションを作っていました。

植物を原料とした自然化粧品に興味を持った直接の原因は、彼自身が敏感肌でアレルギー体質であったことに始まります。

その後、青年へと成長したロナルドは、大学で語学の勉強に励むかたわらスキンケアに関する世界中の資料や、各地に古くから伝わる処方書の収集に熱中しました。
間もなくして、自然化粧品の開発を本格的にのめりこむようになります。

ロナルド・ジョン・ハリントン (1933-1960)

やがて彼は、ロンドン郊外にある母親の美容院で、自然化粧品の研究・開発・製造を行うようになりました。
彼の作った化粧品は評判をよび、次第に世間に知られるようになります。

やがて、多くの人に共感を呼び、世界各地から注文が舞い込みます。

徐々に増える注文とともに、彼は時間を割いてニュービューティーという季刊雑誌も書き始めました。
自然の力によって美と健康を保とうとするロナルドの一貫した研究理念が原動力となり、
ついに彼は自然のチカラを活かした化粧品を完成させる偉業を成し遂げるのです。

姉パメラがレシピを受け継ぎ全世界へ輸出を開始。

しかし、そんな最中にロナルドは惜しくも26歳してこの世を去りました。
その後、姉パメラはロナルドの残したレシピを受け継ぎ、まだ「自然化粧品」という言葉もない時代に、
サンダース・ペリー化粧品を広く世に知らしめます。

そして、日本に紹介されたのは、1974年。数多くの人の助けを借りて日本へ受け継がれることになりました。

一人の少年のやさしさから始まった化粧品は、
今も当時と変わらぬ処方で、全国に愛用者の輪が広がり続けている、ロングセラー化粧品です。